上杉謙信 はぐま毛陣羽織

 

戦国期三代英傑と当社で位置づけている「上杉謙信」、「武田信玄」、「織田信長」。
中でも突出した美意識を持ち、当社の社名にもなっている上杉謙信公が所有する陣羽織のひとつに、「はぐま毛陣羽織」というものがある。
非常に特徴的な装束であり、他大名でもこれに似た陣羽織は存在しない。

(株)謙信では特に上記三大名を深く研究しているが、「はぐま毛陣羽織」は特徴的でありながら文献や資料に詳細が記されておらず、
誰も再現した事がない。そのためこの陣羽織に着目し、当社で兼ねてより制作していた「上杉謙信 1/4武将像」に着用させ、実際の姿を
再現したいとの思いでプロジェクトチームを立ち上げるに至った。
また、現代で再現する事により制作工程および徹底した装束考証を行えるとも考えた。

今回は再現プロジェクトを通して判明した「はぐま毛が何であるか」という内容を中心に書き記していきたいと思う。

 


 

1.「はぐま毛陣羽織」とは

上杉神社に奉納されている上杉謙信所蔵の陣羽織。重要文化財。

生地は入子菱を地紋とする白地の綾で、その表面には「はぐま」の毛を合わせた細い束がびっしりと縫い付けられている。
「はぐま」の毛はチベットやヒマラヤで生息するヤクの尾の毛を白くしたものと言われており、「白熊=はぐま」の字を
宛てたとされている。

目を見張るほど美しく、また襟と裏地が朱色であるためそのコントラストと素材の奇抜さも相まって
当時の陣羽織の中でも非常にとびぬけたデザインとセンスであった事が伺える。

 

 

本当のはぐまの毛とは

制作するうえで必要不可欠であったのは、上記で触れた“ヤクの尾の毛を白くしたもの”ではなく、アルビノのヤクの毛を使用することだ。

アルビノとはメラニンの生合成に関わる遺伝情報の欠損により先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患をもつ個体の事であり、劣性遺伝や突然変異によって発現する。
体毛や皮膚は白くなり、人間で言うと1~2万人に1人の確率で発現する珍しい疾患だ。

 

特に謙信公が生きていた時代では南蛮貿易で手に入る状況であったにしても、アルビノのヤク毛はとてつもない希少性で入手が困難であった。

しかし、戦国期という戦いの時代において頂点を極め続ける大名たちは現代の我々には到底たどり着けない審美眼を持ち、常に至高のものを作らせてきた。

 

未だ残された文献の多くには「白く染めた」ヤクの毛と残されている。しかし染物の専門家が見たら一目瞭然であろうが、奉納されている陣羽織に縫い付けられたヤク毛は独特のハリとコシを残している。
これは染色した毛質が出せる代物ではない。

 

 

もし科学的な顔料・洗浄剤などを使用していたのであれば毛のキューティクルは失われ、強い毛質の特徴が出なくなってしまうからだ。
(明治期に科学的な顔料がヨーロッパから輸入されるようになり、その綺麗さと発色の良さから日本に広まったが、素材がひどく痛むため
使用した工芸品の多くが本来の姿を失っている。)

改めて上杉神社に奉納されている「はぐま毛陣羽織」を見てみると、ヤク特有の毛質は失われずその姿をとどめている。
時代背景的にも実物を見ても、謙信公はアルビノのヤク毛を用いて陣羽織を作らせた事に間違いないとの結論に至った。

 


実物のアルビノのヤク毛

制作にあたり実際にアルビノのヤクの毛をチベットから40キロ輸入したが、毛に付着した長年に渡る汚れとほこりにより
アルビノ特有の毛色はひどく薄汚れ、臭気を放っていた。

毛質を損なわないよう、戦国期当時と同じ手法を真似て天然由来の洗浄成分で何度も洗い流し、洗っては干す作業を繰り返し行った。
この工程だけで1か月の時間を要したが、毛は本来の姿を取り戻ししっかりとしたハリを持ちながらもアルビノの美しい毛色が
損なわれることなく、陣羽織に使用するのに相応しい代物となっていた。

 

画像や肉眼だと少し分かりづらいかもしれないが、写真をご覧いただくと白い毛の中にほんの少しだけ、一部毛色の異なる部分が伺える。
脱色や染色を一切施していない、本物のアルビノのヤクの毛であることの証である。

 

 

2. なぜアルビノのヤクの毛を使ったのか

 

なぜ謙信公がアルビノのヤクの毛を用い、陣羽織を作らせようとしたのか。出来上がったものを見れば、それは明白であった。
寒冷地で育つヤクは、厳しい環境にも耐えうるよう柔らかい毛と硬い毛の組み合わさった体毛になっており、謙信公の生活する
越後(新潟県)の環境を考えると適材である。

 

Ⅰ.  しっかりと羽織れば防寒着として高い機能性を発揮する。
   また、甲冑は明度が低いため陣羽織とのコントラストが生まれ、一層美しさが際立つ。

Ⅱ.  全身が白く覆われているため、積雪地帯や雪の降る環境においてカモフラージュになる。

Ⅲ.   馬毛や羊毛では出すことのできないハリ・コシ、この独特な毛質は強さを感じさせる。
   戦国期において強さは象徴であるため使用された。また羊毛などと比べて遥かに光沢がある。



機能面と見た目の美しさ両方を兼ね備えており、戦国期にはこういった両立した美が多く見られる。「はぐま毛陣羽織」もその一つである。


3. はぐま毛陣羽織を着用した謙信公の姿

文献や資料を研究し、毛の輸入・洗浄から、当社監修のもと専門家に依頼し陣羽織を作り上げまでに3年の月日を要した。

 

天然由来の洗浄成分を使用し、綺麗に洗い流す事でヤク特有のハリ、コシのある毛質とアルビノ特有の抜けるような白さで陣羽織はより一層輝きを放っていた。
着用していた上杉謙信公の姿を考えるだけで、民衆にはまさに彼は神そのものに見えたことであろう。

 

上杉神社に奉納されている陣羽織は現在に至るまで長い時間が経っているが、その毛質は失われることなく、
なおも現代に強烈なインパクトを与える「はぐま毛陣羽織」は戦国期の美の頂点の一部であったことは想像に難くない。

 

現在に残る文献や伝承で、「ヤクの尾の毛を白くした」ものが「はぐま毛陣羽織」に使用されたと思われてきたが、
実際はアルビノのヤク毛を用いていたことが、実際に当時と同じ工程を踏むことで判明した。

 

本物を作り、本物を考証することで正しい知識を世の中に残し広められるよう、まずは「はぐま毛陣羽織」の装束考証を第一弾として、今後も当社で培った歴史考証・装束考証を記していきたいと思う。

 

 ※サムネイルクリックで画像拡大  実物は日本橋事務所にてご覧頂けます。

 


※戦国期に関するご質問、アドバイス等はこちらのフォームで承っております。

当社では歴史研究だけではなく日本で唯一、自社で研究から再現まで行っています。

 

 

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